「食の安全保障」のためのイノベーション

「食の安全保障」のためのイノベーション

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第4回は、「食の安全保障」のためのイノベーションについてお伝えします。「安全保障」と聞くと軍事や国防を連想しがちですが、賢慮の学校では、「食の安全保障」「エネルギーの安全保障」「経済の安全保障」「人間の安全保障」「次世代の安全保障」「グローバルの安全保障」…と、分野別に安全保障について論じていきます。多様な分野を知ることで、多重視点を身につけていきます。現在、多くのイノベーションは“well-being(ウェルビーイング)”という視点で進められていますが、根本の安全や生命の安全があってこそのwell-being(ウェルビーイング)です。安全保障なくして、well-being(ウェルビーイング)もhappiness(ハピネス)もありません。賢慮の学校は空想的well-being(ウェルビーイング)ではなく、実態の伴うwell-being(ウェルビーイング)を目指したいと思います。

well-being(ウェルビーイング)とは

最近よく耳にするようになった「well-being(ウェルビーイング)」とは、より良く在ること、幸福であることを意味する概念です。世界保健機関(WHO)は、健康を「身体的、精神的及び社会的に完全な良好な状態であり、単に疾病あるいは虚弱でないこと」と定義していますが、これはwell-being(ウェルビーイング)の一つの側面を表しています。well-being(ウェルビーイング)には、個人の感情や満足度だけでなく、生活の質や目的意識、社会的関係や価値観なども含まれます。

well-being(ウェルビーイング)は個人だけでなく組織や社会にも密接に関係します。well-being(ウェルビーイング)が高い人は、創造性や生産性が高く、健康や寿命も長いという研究があります。また、well-being(ウェルビーイング)が高い組織や社会は、エンゲージメントやコミットメントが高く、イノベーションや持続可能性も促進されます。

このwell-being(ウェルビーイング)を高めるためには、個人のニーズや価値観に応えるだけでなく、組織や社会のニーズや価値観とも調和することが必要です。そのためには、多様性や包摂性を尊重し、対話や協働を促進することが重要でしょう。

また、「happiness(ハピネス)」「ハピネス経営」も最近よく耳にするようになった言葉です。ハピネス経営は、「幸せな社員が幸せな顧客を創り出す」という考え方に基づく経営手法です。日本では、「ハピネスマネジメント」という言葉も使われています。ハピネス経営では、社員のwell-being(ウェルビーイング)を高めることで、顧客満足度やブランドイメージ、業績や企業価値を向上させることを目指します。

ハピネス経営を実践する企業では、社員の幸福感やエンゲージメントを測定し、それに基づいて人事施策や組織風土を改善していきます。例えば、楽天グループでは2019年に国内企業で初めてチーフ・ウェルビーイング・オフィサー(CWO)のポストを設けており、「個人のウェルビーイング」「組織のウェルビーイング」「社会のウェルビーイング」の3つの切り口で施策を展開しています。また、ユニリーバ・ジャパン・ホールディングスでは2016年から働く場所や時間の制限をなくして柔軟な働き方ができる「WAA」(Work from Anywhere and Anytime)という独自の人事施策を展開しており、社員の生産性や生活の質、幸福度が上がっていると報告しています。

ハピネス経営は、単に社員の満足度を高めることだけでなく、社員の能力や成果を引き出し、組織の目標やビジョンに共感させることも目的としています。そのためには、社員に対して高い期待やフィードバックを与え、自律性や成長性を支援することが必要です。

食糧問題にどう取り組むのか

しかしながら、well-being(ウェルビーイング)やハピネス経営の前に考えるべきことがあります。それが安全保障です。生命の安全なくして、well-being(ウェルビーイング)もハピネス経営もありません。中でも、食の安全保障は優先順位の高い社会課題の一つでしょう。

食糧問題とは、人口増加や気候変動、資源枯渇などにより、十分な量と質の食料を安定的に確保することが困難になることを指します。食糧問題は、人間の生存や健康、経済や社会の安定に深刻な影響を及ぼす可能性があります。そのため、食糧問題に対する取り組みは、well-being(ウェルビーイング)やハピネス経営の観点からも重要です。

日本は、食糧問題に対してどのような状況にあるのでしょうか。日本の食料自給率は、カロリーベースで38%(令和3年度)、生産額ベースで63%(令和3年度)と低く、世界でも有数の食料輸入国です。日本の食料自給率が低い理由としては、第一次産業の衰退や人手不足、農地の減少や高齢化、消費者の安価な輸入品への嗜好などが挙げられます。

日本は、コロナ禍により食料輸出制限が行われた場合や自然災害が発生した場合などに、食料不足に陥るリスクが高いと言えます。実際に、コロナ禍で食料輸出制限が行われた場合に、「仕方がない」と回答した18歳は52.2%、「問題だ」と回答した18歳は22.5%でした。また、食料不足に備えて最も力を入れるべきこととして、「第一次産業の立て直し」が23.6%で最多でした。

日本は、この食糧問題に対処するために「みどりの食料システム戦略」や「農林水産研究イノベーション戦略2022」などを策定し、持続可能な食料システムの構築を目指しています。その中で、「フードテック」や「代替肉・昆虫食」などのイノベーションが重要な役割を果たすことが期待されています。

「フードテック」とは、食に関する新しい価値や解決策を創出する技術やサービスの総称です。例えば、「フードロスの解決」「より美味しい食事づくり」「環境に配慮した産業の発展」「代替たんぱく源など次世代の食材確保」などが挙げられます。日本では、フードテックを知っている18歳は9.7%にとどまりますが、フードテックに可能性を感じる18歳は61.4%に上ります。

「代替肉・昆虫食」とは、動物性たんぱく質の代わりになる食材のことで、植物性肉や大豆ミート、昆虫食などが含まれます。代替肉・昆虫食は、畜産物の生産に伴う環境負荷や動物福祉の問題を解決するとともに、食料安全保障や健康促進にも貢献することができます。日本では、代替肉・昆虫食が未来の食材になると思う18歳は32.6%で、「なる」と「ならない」が拮抗しています。また、代替肉を食べてみたい18歳は43.3%、昆虫食を食べてみたい18歳は16.2%です。

出典:
日本の食料自給率:農林水産省 (maff.go.jp)
フードテックに可能性を感じる38.6%、代替肉や昆虫食は未来の食材になる32.6% /18歳意識調査「新しい食」|公益財団法人 日本財団のプレスリリース (prtimes.jp)
フードテック推進ビジョン|フードテック官民協議会

また、「スマート養殖」と呼ばれる分野も注目されています。スマート養殖とは、AIやセンサーなどのICTを活用して、陸上で魚介類を効率的に生産する方法です。NTTは、京都大学発のスタートアップ企業であるリージョナルフィッシュと共同出資会社「NTTグリーン&フード」を設立し、スマート養殖事業に参入しました。

NTTグリーン&フードは、品種改良した魚介類を好適環境水という特殊な人工海水で育てることで、水温や酸素量などの生育環境を最適化し、成長速度や病気耐性を高めます。また、二酸化炭素(CO2)を効率よく吸収する藻類を生産し、魚介類の餌として与えることで、地球温暖化の対策にも貢献します。NTTグリーン&フードは、2023年度中にヒラメの販売を開始する予定で、今後他の魚種の養殖も始め、2028年度に単年の売上高100億円を目指しています。

さらに、世界初となるベニザケの陸上養殖事業化にも挑戦しており、いちいという福島県の小売業者と協力して、生産から加工・流通・販売までのトータルバリューチェーン全体の評価・検討を行っています。スマート養殖は、海面漁業や従来の陸上養殖に比べて、水産資源の保全や安定供給、地域活性化などのメリットが期待される新しい水産業です。

食は生命の基本であり文化でもある

食は、身体的な栄養や健康だけでなく、精神的な満足や幸福感も与えます。また、食は文化や伝統、価値観やアイデンティティも表現します。さらに、人と人との関係やコミュニケーションも促進します。つまり食は、個人のwell-being(ウェルビーイング)だけでなく、組織や社会のwell-being(ウェルビーイング)にも寄与する要素なのです。

しかし前述のとおり、食にはさまざまな課題があります。例えば、食品ロスや飢餓、食品安全や健康問題、環境問題や動物福祉問題などです。これらの課題は、食の持続可能性や公正性に関わる問題であり、well-being(ウェルビーイング)に影響を及ぼす問題でもあります。

例えばおいしく食べられるとしても、発癌性のある有害物質を日々口に入れることは幸せなのでしょうか? 食の安全保障や、その先にあるwell-being(ウェルビーイング)につながる食の在り方についても考える必要があるでしょう。

そこで、食とイノベーションが重要な役割を果たします。食とイノベーションとは、食に関する新しい価値や解決策を創出することです。例えば、植物性肉や昆虫食、垂直農業や都市農業、フードテックやバイオテックなどです。これらのイノベーションは、食の課題を解決するだけでなく、食の可能性を拡げることもできます。

食のイノベーションを推進するためには、食に関する多様な視点や知識、技術、資源を結びつけることが必要です。そのためには、普段なんとなくしている食事に関心を持ち、学び、対話し、協働することが必要でしょう。また、食に対する好奇心や挑戦心、創造性や柔軟性も必要です。そして、食に対する感謝や尊敬、責任や倫理も忘れてはなりません。

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