第2回は、イノベーションの創出に多様な人材が欠かせない理由についてお伝えします。私は、これまで学際的にさまざまな領域を研究してきました。経営者インタビュー等の起業家教育や産官学民金連携への取り組みを通じ、イノベーションの必要性と可能性を感じています。と同時に、20年以上にわたり大学教育に関わってきた私は、現在の大学教育に疑念も抱いています。今の縦割りで硬直した日本の大学教育では、日本社会や日本人に将来はないとさえ感じます。本サイトに掲載するコラムでは、日々の私の活動や考え、アイデア、構想などの他、起業家・経営者インタビューやイノベーションに関連するハッカソン・ピッチ等のイベントレポート、アクセレーションプログラムやVC・金融機関の紹介、イノベーションの事例などを執筆していきます。やがて本サイトが「イノベーションの百科事典」として社会の役に立てばと思います。
日本に眠っている「知られざる技術」を発掘する
ご存知のとおり、日本は世界に誇れる高度な技術を持っています。しかし、それら技術がどのように社会に貢献できるか、どのようにビジネスにつなげられるか、ということについては、まだまだ課題が多いと言わざるを得ません。
例えば、ChatGPTを始めとする生成AI(人工知能)は今や世界中で注目されている技術ですが、その市場は海外が中心で、日本企業での導入や活用には遅れを感じます。日本で生まれた優れた技術も、海外の企業や研究機関に出ていってしまうことが少なくありません。
日本各地の中小企業にも、世界に通用する高いレベルの技術を持っている企業・町工場がたくさんあります。大学の研究室にも、まだ世間では知られていない革新的な技術があります。しかし、そういった技術を発掘して産業化していくための仕組みが弱いのです。
人材や企業が国外に流出するということは、日本の国力が下がるということです。日本は自分たちの技術を見つめ直し、それを社会に還元していく必要があるでしょう。そのためには、技術者や研究者と企業や市場をつなぐ役割を果たす人材が必要です。
私はそのような役割を担うことができる人材育成や組織構築に取り組んでいきます。例えば、賢慮の学校を将来的には専門職大学にして、学生たちにイノベーションプロデューサー、イノベーションエディター、イノベーションコンダクターという役割を担ってもらい、日本各地や世界中でイノベーションを起こしてもらうのです。イノベーションプロデューサーやイノベーションエディター、イノベーションコンダクターは、技術者や研究者のアイデアを産業化するためのストーリーメイクやプレゼンテーションのサポート、プロジェクトのマネジメントをする人です。
イノベーションプロデューサーやイノベーションエディター、イノベーションコンダクターは、技術者や研究者の言葉をわかりやすく伝えるだけでなく、彼ら彼女らの思いや情熱も伝えます。また、技術者や研究者と企業や投資家との橋渡し役にもなります。イノベーションプロデューサー、イノベーションエディター、イノベーションコンダクターは、日本に眠っている「知られざる技術」を発掘する重要な役割を担う人材です。日本各地での課題解決・価値創造はもちろん、海外でも展開することができるでしょう。
例えば、東南アジアやアフリカでは、今も無電力地域があります。洪水や冠水に悩みを抱えている地域もあります。また、障がい者の生活や雇用問題、少子高齢化、食糧生産、フードロスなど、新興国・先進国に関係なく社会課題は存在しています。どんな時代も、どんな国・地域も、課題がなくなることはありません。
これらの課題に立ち向かう起業家は世界各国で登場していますが、課題解決の具体的な技術や手法がなく苦戦している起業家も多いでしょう。そこに日本の技術が結びつきローカライズされることによって、課題解決へと向かう可能性があります。
イノベーションの各過程に必要な人材
イノベーションは、一朝一夕で起こせるものではありません。イノベーションの実現には、さまざまな過程があります。
音楽で例えるなら、音楽を奏でるためには、指揮者だけでなく、ピアニスト、バイオリニスト、チェリストなどの演奏家が必要です。また、楽器屋さんやメンテナンスをする人も必要です。どの役割も、良い音楽を奏でるためには欠かせません。
イノベーションも同様で、イノベーションには「起承転結人材」が必要であると、京都大学経営管理大学院・客員教授の竹林一氏は言います。起承転結人材とは、イノベーションの各過程に必要な人材のことです。
起承転結人材は、それぞれが自分の役割を理解し、協力し合いながらイノベーションを推進していきます。起承転結人材は、自分の得意なことだけでなく、他の役割のことも理解し、尊重し合うことができます。
賢慮の学校がやがて専門職大学となった際は、学生たちに起承転結人材になるための教育を行っていこうと考えています。例えば、学生たちはチームを組んでプロジェクトを行いますが、その際には自分の役割だけでなく、他のメンバーの役割も体験します。また、学生たちは自分たちのプロジェクトを他のチームや教員にプレゼンテーションし、フィードバックを受けます。このようなプロセスを経験することで、学生たちは起承転結人材として成長していくでしょう。
日本では使われていませんが、海外では「Transformative Agency(トランスフォーマティブ・エージェンシー)」という言葉も生まれています。
「トランスフォーマティブ」をそのまま訳すと変革や変化ということになりますが、英文論文では「トランスフォーマティブ・イノベーション」「トランスフォーマティブ・ソーシャル・イノベーション」という用語が、社会システムの変革を意味するものとして使われています。トランス・フォーメーションという言葉には、既存の枠組み自体を組み換え、乗り越えていくような根本的な変化の意味が含まれています。
出典:QTnetモーニングビジネススクール (qtnet-bs.jp)
「エージェンシー」の適当な和訳が難しいですが、文部科学省は「自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく姿勢・意欲」のことだと説明しています。
出典:教えて!「OECDが打ち出した『エージェンシー』とは?」 | 高校 | リクルート進学総研 (shingakunet.com)
そのような人材を育成・輩出することで、日本各地や世界中にイノベーションの種を蒔いていければと思います。
縦割り教育・縦割り社会ではアイデアを形にしにくい
前述のとおり、イノベーションを生み出すためには、多様な人材が協働することが必要です。しかし、日本の教育や社会は縦割りになっていることが多い。縦割りとは、自分の専門分野や職種や立場に固執し、他の分野や職種や立場と交流しないことです。
縦割り教育・縦割り社会ではアイデアを形にしにくいのです。なぜなら、アイデアは異なる知識や経験や視点がぶつかり合うことで生まれるからです。縦割り教育・縦割り社会では、異なる知識や経験や視点がぶつかり合う機会が少なくなります。
学生たちには、縦割りではなく横断的な教育を行っていきたいと思います。例えば、“専攻”という概念や仕組みをなくし、分野を越えて学際的・業際的に対話する機会を設けます。学生たちはインターンシップやフィールドワークを通じて、さまざまな企業や団体や地域と関わります。さらに、国際交流や留学も積極的に行うことで、学生たちに視野を広げ、多様な人材と協働する力を身につけてもらいたいと思います。
社会も、縦割りではなく横断的になることが必要でしょう。例えば、研究者が起業家になっても良いわけですし、起業家が研究者になっても良いわけです。しかし、研究者が起業すると研究する時間が減ってしまうという懸念があります。それを解消するためには、イノベーションプロデューサー、イノベーションエディター、イノベーションコンダクターのような中間的な役割の人(イノベーションメディエーター)が必要になります。
研究者が起業家になるのではなく、起業家のメンターになっても良いでしょう。また逆に、起業家が研究者のメンターになっても良い。立場を越えて交流・対話することで、思わぬ化学反応が起こるからです。
本コラム等を通じて、日本に眠っている「知られざる技術」を発掘し、イノベーションを生み出すために必要な人材や組織や社会のあり方について考えていきたいと思います。日本はイノベーションの可能性に満ちています。その可能性を実現するためには、私たち一人ひとりが変わることが必要です。