
早稲田大学理工学術院で行われている講義「企業行動と経営」。今回は、株式会社クラウドファンディングより、代表取締役社長の伊東修氏にご登壇いただきました。野村證券で3年連続トップセールスを記録し、米モルガン・スタンレー証券でも活躍した「投資のプロ」である伊東氏。講義では、研究の社会実装に不可欠な「資金調達」のシビアな現実から、個人の精神力に頼らず組織を健全化する「ガバナンス」の真髄、そして働くことの本質である「人喜ばせ競争」まで、熱いメッセージが語られました。未来を志す学生たちが、いかにして「お金」を味方につけ、夢を社会価値へと変換していくべきか。起業と経営のリアルに迫った講義の様子をレポートします。
「給与」の源泉はどこにあるのか?
「みなさんの給料は、一体誰が払っているのでしょうか?」
講義の冒頭、伊東氏は学生たちに問いかけました。社長でも会社でもなく、その正解は「お客様」。
「会社はあくまでも、お客様から受け取った“ありがとう”をストックし、分配する仲介役。働くということは、他者を喜ばせること。つまり社会は“人喜ばせ競争”の場なのです」
資本主義の本質を「利他」の観点から定義し直す伊東氏の言葉に、これから社会に羽ばたく学生たちは耳を傾けていました。
夢を加速させる「資金調達」と「企業価値」の力学

研究成果を社会に実装しようとする際、最大の壁となるのが資金です。伊東氏は、起業に必要となる「3000万円」を例に、現実的なシミュレーションを提示しました。
「毎月10万円貯めても25年かかる。その間に技術は陳腐化します。一方で、銀行借入も実績のない創業期には数百万円が限界。だからこそ『出資』という選択肢が必要になるのです」
ここで重要になるのが「企業価値(バリュエーション)」の考え方。
「自分の会社の価値が3000万円と評価されれば、3000万円の出資を受けた瞬間に経営権(株式)をすべて失うことになる。夢を実現し続けるためには、自分の価値を正しく言語化し、高める戦略が不可欠です」
単なる技術論に留まらず、経営者として「数字」と向き合うことの重要性が説かれました。

「ガバナンス」は、弱さを補い価値を生む“仕組み”
講義の核心は、本質的な「コーポレートガバナンス」へと移ります。伊東氏は、ガバナンスを「個人の精神力や善意に頼るのではなく、システムとして会社を良くしていくこと」と定義し、事例を挙げました。
例えば、ある営業部長が商品を深く理解せず、売れない理由を「商品のせい」にしていたケース。
「これを『やる気を出せ』と精神論で解決するのではなく、『営業状況を定期的にプロダクトサイドへフィードバックしなければならない』というルール(仕組み)を作る。これがガバナンスです。逃げ道を塞ぎ、全部署が同じ方向を向くことで、結果として企業価値は向上します」
また、株主の権利についても言及されました。「株主は社長を選任し、報酬を決め、時には会社を正しい方向へ導く権利を持つ。スティーブ・ジョブズがアップルに復帰できたのも、株主というガバナンスの仕組みがあったからです」
学生のみなさんは、一見自分たちとは無縁に思えた「株」や「統治」が、実は組織のパフォーマンスを最大化するための極めて論理的なツールであることを学んだのではないでしょうか。
学生の考察:オーナーシップが変える「当事者意識」
講義後の課題「従業員持株会の有無による意識の違い」に対し、学生からは理工系らしい論理的な考察が多く寄せられました。
【課題】
従業員持ち株会という、働いている会社の株式を持つという制度があります。
働いている方が、その会社の株を持っているときと持っていないときに、どのような意識や行動の違いが生まれるでしょうか。具体的な事例を2つ以上挙げてください。
【学生からの提出課題(一部抜粋)】
コストと資産の直結:
「株を持たないときは経費を『他人のお金』と感じてしまうが、株を持つと、電気の消し忘れ一つが自分の資産価値を減らす行為に見えてくる。この視点の変化は、経営資源の最適化に直結する」
長期的なロイヤルティ:
「単なる労働力の提供者から共同経営者へと意識が変わり、目先の利益よりも、数年後の顧客との信頼関係を重視するようになる。データでも持株会加入者の離職率が低いのは、会社と自分の利益が一致している証拠」
リスクへの感度:
「不祥事が起きれば株価が暴落し、自分の資産も毀損する。だからこそ、コンプライアンスや品質管理に対して、主体的に関わるようになるはず」
未来を創る学生のみなさんへ
「投資とは、単なるギャンブルではありません。企業の成長を支援し、その成果を分かち合う、社会をより良くするための仕組み」
伊東氏の言葉は、学生のみなさんに、その知見が社会とどう繋がり、どう循環していくのかという大きな地図を提示しました。理工学の世界で生み出される「夢」を、お金というエネルギーを使って加速させ、ガバナンスという仕組みで持続可能なものにする。今回の講義が将来、「人喜ばせ競争」のスタートラインに立つきっかけになるかもしれません。
担当教官のコメント
日本の研究者の視点ですと、少しずつ変化はしているものの、とかく自身とそのチームの“研究”だけにフォーカスし、実験室のなかにこもりがちです。しかし、米国の研究者は研究を実現するための企業家としての顔を持ち、研究資産を金銭的価値に評価して企業価値を高め、社会に売り込み、企業・投資家を呼び込んで持続的に研究を発展させるための経営への理解も深いとされています。そのためにも社会に役立つ大義が必要ですが、今回の伊東さんの講義は、当事者として、根本的な意識や行動の変化へと導くインセンティブを与えた講義内容だと感じました。
(賢慮の学校・代表、早稲田大学理工学術院・講師 嶋根政充)



