早稲田大学理工学術院で行われている講義「企業行動と経営」。今回は、暗号資産取引所・ビットバンクより、代表取締役社長CEOの廣末紀之氏と、取締役COOの野田直路氏にご登壇いただきました。共に早稲田大学出身(廣末氏は理工学部、野田氏は法学部)であるお二人が語ったのは、ブロックチェーン技術が切り拓く「AI経済圏」の未来と、高度化するサイバー攻撃に対抗するための「共助」のモデル、そして予測不能な時代を生き抜くためのキャリア論です。「攻め」の経営戦略と「守り」のセキュリティ、そして学生たちへの問いかけが行われた講義の模様をレポートします。
ビットコインは「偶然」ではなく「奇跡で必然」のソフトウェア
講義の前半、廣末氏はまず「暗号資産」の本質的な価値について問いかけました。多くの人が抱く投機的なイメージの裏側にある、技術的な革新性についてです。
「銀行のような中央管理者がいないにもかかわらず、ビットコインのネットワークは2009年の稼働開始以来、一度もシステムダウンすることなく、正確に稼働し続けています」
金融機関のシステムでさえメンテナンスのために停止することがある中、管理者のいないソフトウェアが自律的に動き続けている事実は、ITの歴史において「奇跡」と言える出来事です。廣末氏は、この「分散型・非中央集権型」の仕組みこそが、Web3時代の基盤になると強調しました。また、ビットコインの誕生は単なる偶然ではなく、時代変化の中で生まれ必然であると言えるでしょう。
「AI経済圏」におけるお金の正体
さらに廣末氏の視座は、現在進行形の「第四次産業革命」へと広がります。それは、AIと暗号資産・ブロックチェーンの融合です。
「将来、自律したAIエージェント同士が経済活動を行う時代が来ます。そのとき、銀行口座を持てないソフトウェア(AI)にとって、プログラム可能で国境のない暗号資産こそが、最適な決済手段になるはずです」
人間がAIを使う段階から、AIが主体となって経済を回す段階へ。そこではブロックチェーンが単なる記録媒体ではなく、経済システムの「血液」として機能するという未来図が示されました。

国家レベルの脅威に対抗する「セキュリティ共助」モデル
講義の後半は、COOの野田氏による「守り」の戦略です。野田氏は「暗号資産は流出の可能性を念頭に置くべきものである」という前提から話を始めました。
過去の暗号資産流出の歴史を紐解くと、攻撃主体は個人のハッカーから、国家主導の組織(例:北朝鮮のラザルスなど)へとシフトしており、その手法は極めて高度化しています。エンジニアのSNSを通じた標的型攻撃や、サプライチェーン全体を狙った攻撃など、一企業の「自助」努力だけでは防ぎきれないのが現実です。
「秘伝のタレ」を共有するジレンマを越えて
そこで野田氏ら業界関係者が主導し、立ち上げたのが業界横断型の組織「一般社団法人 JPCrypto-ISAC(ジェイピークリプトアイザック)」です。
「セキュリティ情報は本来、秘匿すべき『秘伝のタレ』であり、漏洩がないことは競争優位性になります。しかし、一社でも流出事故が起きれば業界全体の信頼が損なわれる。だからこそ、競合同士であっても信頼関係を構築し、攻撃手法や脆弱性情報をリアルタイムで共有する『共助』が必要なのです」
競争領域と協調領域を明確に分け、業界全体で防衛力を高めるエコシステム。これは暗号資産業界に限らず、あらゆる産業のセキュリティモデルにおける重要な示唆を含んでいます。
「点と線」と「越境」のキャリア論
技術と経営の最前線を語ったお二人ですが、学生たちの関心を強く惹きつけたのは、そのユニークなキャリアパスでした。
どんな経験も後から見れば一本の「線」になる(廣末氏)
廣末氏はかつて、電気自動車関連の事業に挑戦するも、リーマンショックのあおりを受けて事業の売却を余儀なくされた経験をお持ちです。しかし、その経験があったからこそ、新しい技術であるビットコインに出会うことができました。
「そのときは『悪いこと』だと思っても、長い目で見れば『良いこと』のきっかけになっていることが多い。一見無関係な点(出来事)も、後から振り返れば一本の線として繋がっています」
文系・理系の枠を越える「越境人材」(野田氏)
一方の野田氏は、法学部出身でありながら独学でプログラミングを習得し、エンジニアとしてキャリアをスタートさせた経歴をお持ちです。
「法的な思考力(Law)」と「エンジニアとしての現場理解(Tech)」 。一見バラバラに見えるスキルですが、金融規制と高度な技術の両輪が求められる暗号資産交換業において、この「越境」した経験が経営判断の要になっていると語ります。

【学生への課題】AI時代をどうサバイブするか
講義の締めくくりとして、学生たちへ以下の課題が投げかけられました。
【課題】
生成AIの進化により、米ビッグテック企業の新卒採用が激減しているというレポートがあります。「良い大学を出て良い会社に入れば安泰」という従来のスタンダードが崩壊しつつある中、皆さんはどのような考え方で、これからの社会をサバイブしていこうと考えていますか?
【学生からの回答】
この問いに対し、多くの学生が「AIと敵対するのではなく、使いこなす側(指揮者)になる」という視点での回答を寄せました 。
「AIは手段を高速化するが、目的を定義するのは人間。問いを立てる力を磨きたい」
「倫理的な判断や、チームをまとめるリーダーシップなど、AIが代替できない非認知能力の価値が高まるはず」
廣末氏の「未来を見据える視点」と、野田氏の「スキルを掛け合わせる姿勢」。二人の実務家からのメッセージは、AIという強大な変化を前にした学生たちに、自らのキャリアを「実装」していく勇気を与えたようです。
担当教官のコメント
経営における意思決定を、一人の経営者が独断専行で行った場合、自身の経験に基づいて意思決定をしがちで、それが失敗につながる場合もあります。そこで、世代の異なるキャリアや経験を掛け合わせた経営者のコンビネーションは、そうしたことを防ぎ、新たな分野が出合い、新たな価値を創造することにもつながります。
今回ご登壇いただいた両氏の講義を拝聴して思い出したのは、創業時の2008年に知見豊富な出口治明氏(当時60代)と、外資系コンサル出身の岩瀬大輔氏(当時30代)の二人の共同経営で急成長させた、ネット専業生命保険の草分けといわれるライフネット生命です。
講義では、ブロックチェーンを通じて、経済システムの血液としての「攻め」と、セキュリティの「守り」の観点から様々な技術革新について語っていただけましたが、AI×ブロックチェーンがグローバルに普及すれば、必然的にセキュリティにも注視すべきという観点の流れで極めて理解しやすい練りこまれた構成だったと感じます。つまり、未来型組織、あるいは未来型経済・未来型金融に向けてブロックチェーン技術がAIと組み合わさるとグローバルでの取引が増え、その結果セキュリティも重視されるようになるということを踏まえ、一気通貫した事業を展開しているということの意味と価値。学生たちにとっても、それぞれの専攻する分野での変化の予測を含めて、異なる分野との出会いや、常に変化を注視しながら社会実装していくことの重要性を意識してもらえていたら、非常に貴重な時間だったと思います。
(賢慮の学校・代表、早稲田大学理工学術院・講師 嶋根政充)


